1月 523km
2月 646km
3月 555km/日本海マラソン
4月 422km/サハラマラソン(初出場・総合34位/日本人歴代順位3位)
5月 802km/萩往還 (初出場・完走)
6月 662km/あきるの24時間走 (優勝)
7月 603km/北丹沢耐久レース
8月 682km
9月 727km/ギリシャスパルタスロン (総合9位)
10月 537km/日本山岳耐久レース (初出場・完走)
11月 666km
12月 671km/神宮外苑24時間チャレンジ
合計 7496km
[走ることについての反省点]
サハラマラソンで得た仲間たちとのかけがえのない思い出や自分の人生に対する前向きな『自信』を僕はその後の24時間走で優勝したことがきっかけで『慢心』に変えてしまっていたんだと思う。
その結果、世界への切符を掴むための重要なレースで負けてしまい、
今年を締めくくる最後のレースであらためて自分自身の未熟さを思い知らされる結果となった。
それを「よかった」と言えるかどうかは来年の自分の走り次第だ。
自分の走りに対して明確な課題を持って2007年を僕は迎えようと思う。
[人とのつながりについて]
今年一年は父の死をきっかけに改めて自分自身にとっての『生きる』ということがどこにあるのかを掘り下げて考えさせられた。
その答えは未だに僕にはまだわからないけれど、ただ僕はこれまで自分のことだけしか見つめていないということに気づいた。
このブログのどこを読み返しても出てくる言葉は「僕」「僕」「僕」だ。
それでは100年たっても答えは出ないんじゃないかな?
どう思う?
来年はもっとまわりを見れるように努力していこうと思う。
[目標について]
人生の中目標に掲げているアメリカ大陸横断レース「RUN ACROSS AMERICA」
あきるののレースで知り合った関係者の方の話によるとレースとしてのアメリカ大陸横断はどうやら今後 開催される見込みはまったくないらしい。
だとしたら、2007年を僕はどう動くべきか。
いままでのように単純に5000kmを走る為の実力をつける努力だけではこちらも100年たっても届きはしない。
走ることの努力はもちろんだが、この社会で自分がアメリカ大陸を横断挑戦することが何をまわりに及ぼせるのかをもっとよく考えて、その為にいままで以上に誠実に働きかけていかなければいけないんじゃないだろうか。
来年で僕も27だ。
本当に自分の走りにプライドが持てるのなら、僕は自信を持って胸はって前へ進むべきだ。
普段、あまりメッセンジャー同士で仕事あがりに遊んだりという付き合いの一切なかった僕だがあの時だけは職場の先輩とワクワクしながらイベントの開始を待っていたのを覚えている。
あの夜のイベントの話は書き始めると際限なくなってしまうのでここでは端折るが、今年のクリスマスはそんなわけで(?)チーム・ホライゾンのメンバー3人でのクリスマス・合同ランを行った。
コースは僕の都合で吉祥寺スタートの多摩センター駅ゴール。
約25kmのロングジョグとなった。
実は3人で集まったのはハセツネ以来、約2ヶ月半ぶり。
今年はすっかりチームぽいことやれなかったな〜。とも思っていたが、最後にこういったイベントを持ててホントによかった。
やはり複数で走ったほうがトレーニング自体にイイ緊張感も持てるし今日は久しぶりに走ることが楽しく感じられた。7年越しに走って過ごしたクリスマスはほんといい思い出になりましたとさ。
お互い 目標はそれぞれ違うけどチーム・ホライゾンのみなさん(…ふたり)来年もどうかよろしくね。
![]() | グレイテスト・ゲーム シア・ラビオフ (2006/07/26) ブエナ・ビスタ・ホーム・エンターテイメント |
ゴルフが上流階級だけが楽しむスポーツだった1913年、富も名声も持たないアマチュア・ゴルファー、フランシス・ウィメットが苦労の末に全米オープンで英国チャンピオンや並み居る強豪を抑え、見事優勝を成し遂げた実話。ビル・パクストン監督作。
−−−−−−−−−−−−−−−−−
この一週間、僕は2冊の小説を読み4本の洋画を観た。
そのなかでも特に得るものがあったのはこの映画だ。
僕はゴルフというスポーツのことは何も知らないが、映画で描かれていた主人公やライバルたちの織り成す心理面での駆け引きに通じるものを感じた。
敵はあくまでも自分自身。
その敵を見誤った者から脱落していく上位戦線のサバイバル。
最後に勝つのは大胆な奇策ではなく、膨大な努力によって積み上げられた実力とその人間の精神力。
それらは僕らの闘った24時間走となんら変わらない。
そして僕は本当の敵をいつからか見誤ってしまっていたんだ。と、改めて思う。
また、歴史に残る現実というのは作り物の物語にはない深みがあるものなんだとも思った。
僕もそのようにレースを生きて死にたいと思う。
第1回 神宮外苑24時間チャレンジ
(兼 IAU24時間走世界選手権日本代表選手選考記録会)
記録 207.605km
順位 9位/13人中
こんな事を書いても笑われてしまうだろうけれど今回のレースの僕の目標は優勝することだった。
けど現実の自分はまだ、なさけないくらいに弱かったよ。
僕はいったい何を思い上がっていたんだろう
僕はこの日に想った様々なことをブログとして公開することなく、
ただ自分の手帳にそっと残しておこうと思う。
最後に。
レース中 こんな僕を応援し、サポートしていただいた方々
雨も降り、気温も冷え込んだ24時間でしたがみなさんも選手に負けないぐらいとても大変だったかと思います。
どうも本当にお疲れ様でした。
どうも本当に最後までありがとうございました。
なんとか僕が最後まで前へ進むことができたのはきっとみなさんのお陰です
そして友人たちへ。
ごめんな。
けど、本当に本当にどうもありがとう。

06年12月3日
第60回 福岡国際マラソン
記録 2時間45分55秒
今回が三度目の出場となる福岡国際マラソン。
ただし今回は6日後に24時間走の代表選考を兼ねた記録会が控えており、僕としてはそちらをメインに考えているので一年前、二年前のようなレース翌週以降まで筋肉痛を残すような走りをする訳にはいかない。
過去2回ともがタイムオーバーでゴールまで辿り着いていないので、こんな甘い考えだと今回もまた…
っという不安は確かにあるんだけれども、それでも今回の最大の目標はあくまでも7割の力で余力を残してレースを終えること。
その上で極力、完走を狙う。
レース前日の朝は最近の睡眠不足の疲れがどっと溢れ出て寝坊。
本来なら朝7時頃に出発し、時間のゆとりをもちたかったが結局 昼の新幹線に乗り込み博多へと向かう。
博多駅到着は18時、ちょっと前で辺りはもう真っ暗。
その後、天神の西鉄グランドホテルにて受付を済ませる。
同ホテル内にて選手・関係者による立食パーティみたいなのをやっていたのでほんの少し覗いてみた
が、既に料理はあらかた食い尽くされていたのでちくしょう。と思って街中にあったリンガーハットで炭水化物的なモノを食べまくり、博多駅前のカプセルホテルに直行してご就寝。
Zzz…
都市部で行われる為に交通量の多い時間帯をさけている為なのか?それともTVを見る視聴者にとって見やすい時間に合わせている為なのか?知らないけどスタート時刻は12時10分とかなり遅め。
なので、ぐっすりと寝て、起きてからゆっくり湯船に浸かってからでも十二分にレースには間に合う。
【出場資格:フルマラソン・2時間45分以内】
っていう条件をクリアして参加する僕たちBグループは、
2時間27分30秒以内の自己記録を持つAグループとスタート地点が異なる。
Bグループのスタート地点は平和台陸上競技場から200mほど離れたところにある大濠公園。
この大濠公園のでっかい池の周りの歩道を400人を越すランナー達が一斉に走り出す。
スタート直前だというのに今日は特に不安も緊張もあまり感じられない。
ただ走る。
今日はそれだけだ。
12時10分
平和台陸上競技場のAグループと同時に僕たちBグループもスタートする。
周りにいるのは全て2時間45分の壁を越えているランナー達。
のっけから飛ばす必要は何もない。
まずは焦らずに周りに合わせて自分のペースを作っていけばいい。
そんな調子でペースはそれほど気にしないまま まずは大濠池を一周しストップウォッチを確認する。
2km通過タイム − 8分01
げっ!しまった遅すぎた!
このままじゃ最初の関門で打ち切りにされちゃう…
(5km打ち切りタイム − 19分30秒)
仕方なく少しずつペースを上げてゆく。
大濠公園を抜けて、市街地に入ってからはひっきりなしに聞こえてくるおっちゃん達の力強い声援、
おばちゃん達の前向きな声援
ちっちゃい子供達、小学生、中学生、高校生の明るい声援、
福岡国際マラソンを走っていて毎回感じることだが、どうしてこんなにもこの人達は僕らを真険に応援することができるのだろう
2年前のレース、リタイア寸前の地獄に苦しむ僕に馬鹿デカイ魂のこもった声援をくれたおっちゃんがいたことを走りながら懐かしく思い出した。
レースは25kmを超え、中盤戦へ差し掛かる。
通過タイムは1時間37分12秒。
あと40〜50秒遅ければ打ち切りというギリギリのところを相変わらず走り続けている。
余力はある。
去年もそうだったし、一昨年もそうだった。
おそらく35kmまではこのままのペースで走り続けられるだろうと思う。
問題はどれほどの余力を残せるか、ということ。
27.5kmほどで反対車線側の先頭集団とすれ違う。
先頭はエチオピアのゲブレシラシエ選手、モロッコのガリブ選手、ウクライナのバラノフスキー選手の三名。
すこし遅れて日本人のトップは奥谷選手、その数十メートルほど後方から諏訪選手、
藤田敦史選手はかなり苦しそうな表情で10位前後
がんばれっ!!
前方からどんどんやってきてはすれ違う選手たちを見ているとまだまだがんばろうという気になってきている自分がいた。
無理にペースを抑えようとすることはある意味余計に疲れる。
自分の気持ちに素直に従いほんのわずかにピッチが早まっていく。
折り返し地点を過ぎ、二年前にリタイアしてしまった35km地点を軽々と通過。
大丈夫だ。さすがに身体が全くスタートした頃と同じ状態だ。って訳じゃないけれど腕も脚もまだまだ軽快なピッチを刻める。
2年前の自分は超えた。
これは僕の心ん中にあるジンクスみたいなものなんだけど、
『ゴールまでの距離が残り4kmになるまで耐えられれば後は大丈夫っ!!』
みたいな根拠のない自信がなぜか僕にはある。
これまでのレースでもラスト4km地点までペースを落とさなかったレースは必ず自己ベストを出してきたし、
ラスト4km地点まで喰らいつくことの出来たランナーには必ず競り勝ってきた。
つまりラスト4km地点を越えてしまえばそれは僕にとっての『安全圏』を意味する。
レースペースは未だに打ち切りまで数十秒という微妙なところ。
僕の安全圏までは残り3km。
レース序盤からほぼ同じペースで走っている白いユニフォームのランナー。年齢は僕より一回りくらい上だろうか。
僕はそのランナーの表情を見る。
そして対面斜線のランナーを眺める。
追い抜いていくランナーを眺める。
例えブラウン管に映らなくとも、みんながみんな自分自身と闘っている。
僕はこのレースへ出てよかったと思った。
36km、37km、そして38km。
タイム的な余裕はない。
それでもまだ余力は残されている。
1年前の自分を超えた。
ここから先の路を僕は知らない。
早くゴールを見たくなり、ピッチは次第に上がっていく。
天神を抜け、大濠公園のもうすぐ近くだということが分かる。
念のため時計を確認。
いまの僕には1分間の余裕がある。
そしていまさら突然の疲労感に襲われたとしても、1分以上ペースを落とすことはここまできて絶対にありえない。
完走できない危険性が消え、
ゴールできる可能性が明るいものになってきたらなんだか少しわくわくしてきた。
2時間44分01秒
平和台競技場(打ち切りタイム−2時間45分)ゲートを越える。
残り約500m
これで失格になることはもうない。
ラストの競技場1周を無理してとばさず心地よく走り抜けられるペースに抑えてゴール。
なんだかんだで脚にはそれなりのダメージが来ているようだ。
目標の7割のちからで。っいうのはちょっとオーバーしてしまったかもしれない。
けど、初冬の冷気の福岡を今日はとても気持ちよく走れたからまぁよしよし。
ゴール後、これまで各地でのレースで知り合ったランナーの方々や高校時代の先輩などとレース結果を伝え合う。とても晴れやかですがすがしい気分。
さてと、いよいよ次は6日後の代表選考会!!
今日のレースを意味あるものにするためにも、しっかり疲労を今夜は抜くぞ!
そして博多らーめんをたらふく食べて夜がふけてゆくのでしたとさ。

今回診ていただいたのは最近感じる膝の違和感と学生時代に痛めて以来 伸縮しにくくなった左ふとももの二点。
どちらも特別に今の走りに支障がある訳ではないが早めのケアが重要だろうと思い、そしてなにより「スポ医」での専門的な知識による正しい対処方はとても勉強になるよ。と職場の方からアドバイスをいただいたので一度 診断してもらおうと思い、一週間前に予約を入れておいた。
「スポーツ医化学センター」のある新横浜の日産スタジアムまではゆっくりとランニングで行ったので到着は受付時間ギリギリの3時45分頃。
当然、前に来ている人達がいるのでかなりの時間 待たされることになるが、幸いにも受付ロビーには一年間分の「月刊ランナーズ」が置いてあったので、サハラマラソンで一緒に走ったアイドルが表紙の今月号をのんびり読みながら退屈せずに時間を潰せた。
30分ほどたち、まずは医師の診察を受ける。
診断の結果、膝の方は練習後のケア不足。
左ふとももは8年前の肉離れから筋肉の一部にシコリが出来てしまっている。
ということがわかった。
そして今度は正しい対処方を教わりに専用のリハビリルームへと移動。
リハビリを受けているのは一人だけ主婦の方がいて後の大半は中学生か高校生。スタッフの方々も大学生?もしくは卒業してまだ間もないように見える。
ここでもかなり待たされた。一人一人に時間をかける為にスタッフの方々はかなり忙しそうである。
一時間半ほどしてようやく僕の番が来た。
今回 教えていただいたのは
シコリのある大腿二頭筋のほぐしかた。
腸脛靭帯のほぐしかた。
ハムストリングス(裏もも)のストレッチ。
それとどうやら僕は左右の骨盤にも歪みがあるらしく、大殿筋のトレーニング方法。
の四点。
それらすべてを終わった頃には夜8時を廻っていた。
結果的にはかなりの時間を費やすことになったが、自分の身体のことをより知ることが出来たし、健康保険が利くので結局 920円しかかからなかったのはよかった。
まずは教わったことを試してみて、二週間後の再診でどう改善されるかが楽しみだ。
また、機会があれば同施設内で行われている「スポーツ版人間ドック」というのも受けてみたいと思う。
がっ!!
昨日の職場で丸一日行われた[靴&アイスギア]講習会を終えてみたら身体フラフラの頭ズキンズキン状態。
一晩ぐっすり休んだものの未だに体調が優れないので今日もまたトレーニングは中止です(涙)
ゆっくり静養することにします(涙)
…まったく、何やってんだろ。ちくしょう。
みなさんも季節の変わり目の風邪にはお気を付けて。
Sup-komi(サプリメント口コミランキング)というサイトでのウルトラランナー岩本能史さんのインタビューだ。
この岩本さんという方はこの一年間でギリシャを始めとした超長距離レースの場で何度かお会いしたがとてもさわやかで、はっきりいって僕にはないものをしっかりと持っている人である。
この人のインタビューは確か先月号の「ランナーズ」にも掲載されていたが、ただ走るだけでなく、こういった活動を通して僕たち超長距離ランナーの世界を広げていこうとしている人もいるんだと思うと本当に尊敬するし、改めて自分自身についても考えさせられる。
少なくとも、この人は「走ること」を自分の中だけで完結させることなく周りにも影響を与えているスゴイ人だと僕は思う。
あぁ。もう自分が何書いてんだか全然わかんないや。
とにかく是非みなさんも読んで見てっ!!
おやすみなさいっ!!








