04年11月
僕はある友人の「人の生き死にを深く知りたければインドやでっ!!」っていう言葉に軽くだまされてインドの首都ニューデリーから都市コルカタ(旧カルカッタ)までを電車とランニングで3週間ほど旅してました。
でも基本的に英語のちんちんかんぷんな僕は道でも電車でも迷いまくり。
だって読めないんだもん。
インド旅行12日目のある日、僕はアーグラーからバラナシへ向かう電車を乗り間違えて、あわてて降りたのがそのムガルスライっていう駅だったんだ。夜2時頃。
目的地までの電車は当分ない。
・・・っていうか切符また買い直さないといけない。
窓口まだ閉まってる・・・(涙)
仕方ないからその駅で朝まで過ごそうと思って、コーヒー屋さんを探しにウロウロして、僕は初めてインドの本当のリアルを見た。
物乞いのおじさんたち。インドは貧富の差の激しい国だからそれまでの旅の道中でも物乞いはたくさんいたけれど、インドの片田舎ムガルスライで僕が見たその物乞いのおじさん達には
膝から下の両脚がなかった
全身が火傷で覆われてた
痛々しいその姿を僕は直視することができなかった。衝撃的だった。
僕はそのとき(この人達はきっと不慮の事故か何かで両脚を無くしてしまったんだろう、全身を火傷してしまったんだろう、だからきっと他の仕事に就けなくなってこうして物乞いをしているんだろう)って思ったんだ。
けど後で知った現実はもっと衝撃的だった。
不慮の事故なんかじゃなかった。
彼らは自ら両脚を切り落としたんだ
自ら全身を焼いたんだ
その姿で物乞いとしての哀れみを得ることでしか生きられなかったから
カースト制度の最下層以下の身分『アチュート』だから
輪廻転生にもとずくヒンドゥー教の考え方だと現世で与えられたそのカースト(身分)は前世での行いの結果だという。
そんな話があるだろうか。
生まれながらにして、自分の身体を傷つけなければ生きていくことができない??
もしもそんな運命を背負って生まれてしまったら僕は素直に自分の前世の行いのせいだと納得できるんだろうか。
犠牲になる人がいなければ成り立たない世界のしくみを僕は残酷だと思う。
けどもしドラえもんの道具か何かでその物乞いのおじさんと人生を入れ替えることが出来るとしても僕は絶対に入れ替わらないだろう。
あの日僕は、偽善の硬貨を差し出した。






