11日間もかけてがんばって走った青森までの道のりも新幹線ではあっと言うまですね。
走行中はまともに文章をかく余裕さえなくなってしまい、また途中 携帯電話のバッテリー充電することが出来ず電池切れによりブログ更新が滞ってしまいました。
このブログを通して見守っていただいていた方々、そしてご心配をおかけしました方々へ本当に申し訳なく思っています。本当にごめんなさい。
6月20日の夕方に最後の施設訪問後、盛岡を出発してからの道中に関してはとにかく『苦しかった』の一言です。
盛岡出発前の計画では【盛岡→竜飛岬 間】の残り240kmを90km・60km・90kmと区切り、各々のスパンに8時間ほどの休憩をとりながら
6/20 20:00〜 翌日8:00 までで90km
6/21 16:00〜 24:00 までで60km
6/22 8:00〜20:00 までで90km
ずつ残りの距離を消化してゆこうと計算していましたが、計算ミスの一番の要因は盛岡での休息で前7日間の疲労がぬけきれていなかったことだと思います。
結果として最初の夜中で既に耐えられないほどの眠気に襲われてしまい、ペースダウン。
態勢を立て直すべく仮眠をとるが、山間部のため防寒設備がしっかりとしている場所もなく寒さに耐え忍びながらの仮眠が肉体的にも精神的にも余計に疲労を蓄積させてしまう結果となってしまいました。
本来ならば2日間・48時間で240kmの距離を走破するという計画の中でも睡眠時間だけはまとまって宿泊施設にて6時間以上はとれる計算でしたが要所要所で仮眠をとってしまうことでその為の余裕はなくなってしまったことに対する焦り、またランニングペース自体もどんどんと落ちていってしまいゴールへの距離は縮まっているハズなのにゴールへ近づいている実感がまったく沸かず、正直何度もあきらめてしまいそうになりました。
この800kmという道のりの最後の最後に、本当にラスト40km、30km、25kmという最後の最後に僕がこのレースから突き詰められたことは自分自身の『弱さ』でした。
どれほど身体を鍛えあげても逃れられない苦しみがランニングには、レースにはあります。
眠気。
寒さ。
疲労。
距離。
強風。
勾配。
肉体が本当に限界に達してしまったときそれらと何時間も何十キロも向き合う『強さ』なんて僕ははじめから持ってはいません。
それはこれまでに乗り越えてきた様々な過酷と呼ばれるレースにおいてもそうでした。
だから『弱い』のではなく、
『自分は弱い人間なんだ』ということを自分の中で戒めることを忘れてしまっていたこと。
それこそが今回の挑戦に於いて壁を乗り越えることができなかった一番の要因だと僕は思います。
自分の弱ささえしっかりと自覚することが出来てさえいればもっと謙虚にレースと向き合うことができました。
違う計画や可能性を見つけ出しこの距離へ挑むことができました。
今回の『10日間で800kmを走破する』という企画内容は決して実現不可能な目標ではなかったと思っています。
けれど実際には22日の夜に肉体の限界を感じ、保温環境の整った仮眠をとれる最後のポイントにて予定時刻をオーバーすることを知った上での仮眠を僕は自らの意志でとりました。
誰に言われて始めた訳でもない。
自分自身の意志と自分自身のルールだけによって決めたこの挑戦を
僕は敗北しました。
そのことに関して、この企画挑戦において『Runner井上を目標時刻までにゴールまで届けてみせる』という責任感を持ってサポートし続けてくれたジークさんに対しては申し訳なく思っています。
22日から23日にかけての深夜には先行視察をしてくれていたジークさんから事前情報をもとにゴール地点20km手前の道の駅までたどり着き、強風に弾き飛ばされないよう防風のとれる建物の影にて寒さに震えながら一晩を耐え忍びました。
翌23日。っというか今朝のことなんですが、
昨晩の強風がウソのような柔らかい風と日差しに包まれながら残り20kmの道のりを一歩一歩進みながらゴールを目指しました。
身体はもちろん重かったけれど、『必ず22日中に竜飛岬までたどり着く』という自分自身の約束ごとを果たせなかったことで、
こんなことは本当は僕が書いてはいけないことなのかもしれませんが、
正直な気持ち、心は軽かったです。
制限時間と残り時間との兼ね合いに苦しみ続けた昨晩とは違い、時間のリミッターをはずしてしまったことで自分のなかに余裕が生まれていました。
『絶対にたどり着けない』は一晩の睡眠と目標への諦めで『絶対にたどり着ける』へと変わっていました。
空がすがすがしいくらい青かったです。
そして一面に広がる緑がとてもキレイでした。
ゴールまであと8kmの展望台でジークさんが待ってくれていました。
目標を達成できず悔しさでいっぱいなんだろうが、それでも最後までサポートに徹してくれている姿勢がうれしかった。
ジークさんの前泊した民宿のおばちゃんに作ってもらったというおにぎりを展望台で2人で食べました。
シャケ入り。
うまかった。
うれしかった。
竜飛岬まであと1.2kmというところで自転車で日本一周をしているというおじさんに出逢いました。
自販機で買った温かいコーヒーを飲みながら、岬の風につつまれながら、おじさんの旅のお話しを聴きました。
施設以外の箇所でこんな余裕も持つことを自分自身の許してあげれたのはこの時が初めてでした。
そういえば、この最後の区間がジークさんとランニング中に一番たくさん会話した区間になるのかもしれないなぁ。
そして竜飛岬へ到着。
その場に居合わせた旅先のおばちゃんたちに歓声をいただき、旅のゴールを皆さんに祝っていただきました。
おばちゃんたちがいなくなり、岬にジークさんと2人残されて海を眺めながら湧いてきた感情は正直に言うと『ホっとした』です。
もう苦しまなくていいんだ。ということに正直ホっとしました。
800kmを完走したうれしさももちろんありましたが、今朝、ゴールで感じたものよりもずっと強いもの、ずっと大きいものは訪れた6ヶ所の施設さんでの子供たちとの出逢いの中にありました。
僕の中ではそれが真実です。
そして大切なことに一つ気付くことができました。
そもそもが3回目となるこのような企画の発端は
サハラマラソンへの挑戦を含めた僕の中でのこのような挑戦への全ての始まりは3年前に他界した父への想い入れにあります。
3年前、自ら命を絶った父への葛藤がきっかけで僕は『世界一過酷』と呼ばれるサハラマラソンへ挑みました。
サハラマラソンの2度の完走がきっかけで僕はJr.ランニングクラブの素晴らしい子供たちと出逢うことが出来ました。
Jr.の子供たちとの出逢いがきっかけで、僕は今回のような個人企画へ取り組み、
そして全国各地でのたくさんの子供たちとの出逢いを通して、こんな僕でも自分自身の人生を受け入れる為の夢を持つことが出来ました。
今回の挑戦を通して学ぶことができたのは
要するに僕にとってのゴールとは場所ではなく、人なんだ。ということです。
僕自身が必要とし、僕自身を受け入れてくれる人のところへたどり着くまでがこのレースなんだろうと気付くことができました。
今回の挑戦に於いて、当初の目標日時へゴール地点までたどり着けなかった以上、これは僕にとってのレースに対する敗北です。
ですがあえて『失敗』という言葉は使わないことにしようと思います。
これが成功なのか?失敗なのか?
この挑戦をはじめる前の僕はたとえ他者がどう思おうと、目的を守れなければ『失敗』なんだ。とかたくなに誓っていましたが今は違います。
ここまでを見守ってくださったみなさんに委ねてしまおうと思います。
もしもこんな僕の挑戦を通して、前向きな何かを感じていただけた方がいらっしゃるのならば
この結果を単純に『失敗』と呼ぶにはその方に失礼だと思うからです。
敗北はしました。
けれどこれは失敗でしょうか?
それとも成功でしょうか?
今はもうどっちでもよいです。
成長することさえできれば。
そしてゴールが場所ではなく人であるのなら、残念ながら僕のこの企画挑戦はまだ終わりを迎えてはいません。
最後に、この11日間を見守っていただいた皆さんへ。
皆さんの温かいご声援がなければ、もしこれが只の僕が単独で誰にも知られずに行なう挑戦であったなら本当に僕は最後の30kmであきらめてしまっていたかもしれません。
ですが皆さんへの意識があったからこそ、最後の30kmという自分にとって果てしなくながい道のりをぶじに到達することができました。
本当にありがとうございました。
きっとご声援いただきました皆さんといつかお逢いするその日も、自分にとってこの企画挑戦の一つ一つのゴールなのだと思っています。
その日が来ることを楽しみに思いつつ、明日からもまたがんばってゆきます、
本当に本当にどうもありがとうございました。
壮大な目標を企画して、それを本当に行動に移し、そして待っている子供たちへのメッセージを伝える、竜飛岬をゴールしたこと自体は、すごい達成じゃないですか。10日間でという目標は、惜しくも達成できなかったけど、他の達成事項は大きいと思う。100点満点ではないけど、90点以上行っているのではないでしょうか?
本当のチャレンジに、神様は、そう簡単に100点満点はくれない。でもそれには、ちゃんとメッセージがあって、それを受け取り次につなげていくのが人生じゃないかなぁ
毎回100点満点の人生なんてあんまり聞いたことないしね。
100点満点じゃないから、次にさらに、よりよく何かに向かう気持ちが出るんじゃないかな。それが数年、何十年後に、とても価値のある時間だったと思うのだと思う。
今回は、中年の私にも忘れない何かを充分与えてくれました。ありがとう。
でも苦しい思いをしたからといって
いい人になれるわけではないと思いますよ。
ほんのひとことに、ひとつのしぐさに、
人は傷つくこともあれば、癒されることも。
自然体のいいおとなになっていってください。
期待しています。
あなたの倍以上も生きてきた老ジョガーより






